鰻やっこの歴史

浅草に店を構えて200年。

当店の歴史をご紹介致します。

寛政年間創業

当店の創業は今から200年以上前の寛政年間(1789~1800年)で、店の場所は現在とほぼ同じ浅草田原町です。

徳川将軍でいえば十一代家斉の時代で、当時の江戸は東洲斎写楽の浮世絵が話題になっている頃でした。

 

店として創業や沿革についての記録を残していないことが残念ですが、文政7年(1824年)に発行された『江戸買物独案内』に「奴鰻」の名が記され、また嘉永5年(1852年)発行の『江戸前大蒲焼番付』という当時のグルメ紹介紙に掲載されています。

  ※『江戸前大蒲焼き番付』はこちらを御覧ください。

のらくらとした奴もあり

浅草寺参りの人が集まる江戸一番の繁華街の浅草で、江戸発祥の郷土料理ともいえる蒲焼を売る店ですから、創業当時からたいそう繁盛したものと思います。

 

   ~ のらくらとした奴もあり田原町 ~

 

これは江戸時代の庶民川柳ですが、「のらくらとした奴」というのは、のらくらとした鰻を売る当店(当時は”奴鰻”という店名)のことです。

鰻は江戸っ子にたいへん好まれた食べ物だったこともあり、当店も江戸っ子には身近な飲食店だったのでしょう。

文学とやっこ

当店は古くから浅草に店を構えていることもあり、小説・エッセイ、時代劇などに何度も登場しております。

代表的な作品をご紹介いたします。もし、ご興味があればお読みになってはいかがでしょうか。

 

夏目漱石 「虞美人草」、「彼岸過迄」など

 

 文豪、夏目漱石が当店を小説に登場させています。

 

   『ある人に奴鰻を奢ったら、御蔭様で始めて旨い鰻を食べましてと~』

 

 これは「虞美人草」の一節です。

 

 「彼岸過迄」という小説には、『わざと門跡(もんぜき)の中を抜けて、奴鰻の角へ

 出た』という一節があります。

 

 創業以来、現在と同じ場所で、当時とは道の広さは違えど道筋も同じところに店がありましたので、目印にもなっ

 たのでしょう。

 

 漱石がご来店されたという記録や言い伝えは残っていませんが、小説に登場させているということは、たぶん当店

 の鰻を楽しまれたものと推測できます。

 

 

岡本綺堂 「権十郎の芝居」、「半七捕物帖」など

 

 岡本綺堂氏は、何度も当店を小説の中に登場させていますし、実際によくお食事にい

 らっしゃいました。

 小説ではテレビドラマにもなった「半七」が当店で食事をするシーンがあり、さらに

 は、半七のモデルとなった実在の人物も当店に通ったそうです。

 

 「権十郎の芝居」という小説では、当店で食事をするシーンが書かれ、『鰻めしが六

 百文、大どんぶりで……』と当時のうな重の値段まで詳しく描写されています。

 

 

久保田万太郎

 

 久保田万太郎氏の生誕の地は当店の斜め向かいで、今は石碑が立っており、浅草寺境内にも句碑があります。

 当店のはす向かいに住んでいたこともあり、大の鰻好きだったという万太郎氏は、もちろん小説やエッセイに当店

 のことを書いていただいております。

 浅草生まれの人間らしく、洒落た、まるで落語のような文章はたいへん楽しく読めます。

 

 

 なにぶん古いことで記録も少ないため、当店の歴史も紹介できることが少ないのが現実です。

 今後、新しい記録や情報を見つけ次第、追加していきますのでご期待ください。

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